私たちの看護観


私は、臨機応変に考え行動できる看護師になりたい。マニュアルにとらわれていては個別性を考えた看護ができないし、スキルの向上や看護観の発展もあり得ない。
そのため、基本を踏まえて個別性を考慮し、その人のQOL向上と満足感を満たしてあげられるよう成長していきたい。


患者のことを考えて看護すると言うことはもちろんのこと、私は患者の家族へも目を向けた看護ができる看護師になりたい。
患者のことを一番に考えているのは家族であり、その家族が頼りにする存在は看護師だと思うからである。的確な説明とやさしい声掛けで、家族の不安や恐怖心を軽減させられる心の看護を提供できるようになりたい。


看護師には、一人の社会人として当然必要な「ヒューマン・スキル」の基に、さらに積み上げられた臨床判断能力や看護技術が求められると思う。
また、患者と看護師という関係以前に人と人という関係が重要だと考える。そのため、一人前の人間として常識を持った言動がしっかりできることが何より必要だと思う。そのうえで、患者の異変に気づくことができる観察力や、適切な処置ができる技術を身につけていきたい。


適切なアセスメントができる看護師になりたいと思う。しかし、患者や家族から情報を得るためには「この人に話しても大丈夫」と思われる存在でなければいけない。普段の話し方や態度で相手が不愉快に感じれば信頼してはもらえず、良い看護が行えないことになってしまう。
だからこそ、普段の自分の言葉遣いや行動が相手を不快にさせるものにならないよう、今から振り返って見直していきたい。


複数の疾患を併せ持った患者が、今後多くなることが予測される。そのため、それぞれの疾患が曖昧な理解であると患者の状態を把握することができず、ニードを満たすことができなくなる。
どんな疾患であっても、どんな状態であっても対応できるように、座学や実習を通して多くの知識を身につけられるように頑張りたい。



私は、実習で出会った患者から「その笑顔を大切にね。笑顔を見て悪い気持ちになる人はいないからね」と言われたことがある。それ以来、知識や技術をしっかり身につけることはもちろんだが、患者とのコミュニケーションと笑顔を大切にできる看護師になりたいと考えるようになった。


患者がこれまで生きてきた上での価値観や、これまで大切にしている者を尊重し看護できる看護師になりたい。


実習での受け持ち患者が「最後まで自分の体と付き合っていくのは自分だから」と言って、一日一日を一生懸命に過ごしていた。私はその出会いから、より一層気持ちに寄り添う重要性と重大さを感じた。
個別性を生かし、その人がその人らしく人生を送るために、何が重要かを見極め、必要な情報や物品、ケアを提供し、一緒に疾患や障害と向き合っていけるような看護師になりたいと思った。


私は看護師として一生秋田で働きたいと思っている。その秋田は今、全国の中で最も高齢者率が高い県だ。だから、これからの秋田では高齢者を考えたケアができる看護師が求められるし、自分もそうなりたいと思う。
高齢者は疾患の有無にかかわらず、一人でできることが減っていき、不便なことが増えていく。そこにさらに疾患や障害が加わると、QOLが低下していく。高齢者がQOLを低下させることなく生活できるようケアしていきたいと思う。


医療が進歩し、治療や療養のスタイルにも様々な選択肢が生まれた。患者のニードも多様化し医師が治療方針を決めるのではなく患者自身が選択するような時代になっている。
その中で看護の在り方も変わり、患者のニードに合わせた看護がより重要となってきている。看護師に求められることは、対象の気持ちをくみ取りながら必要な看護を相手の立場に立って判断する能力と、病態の変化に対応できる根拠ある知識と技術だと思う。私は途中であきらめる看護師には絶対になりたくない。
できないからそれで終わりではなく、的確な知識と技術を駆使して、実現するためにどうしたらよいかを常に試行錯誤していけるような看護師を目指したい。